「高校入試」湊かなえ
「高校入試」は湊かなえ氏による初のテレビドラマの脚本である.これまで映画「告白」,「白ゆき姫殺人事件」,テレビドラマ「Nのために」を見たことがあるのだが,どれもその内容はずっしりと重く,しかし好奇心がそれを上回り恐る恐る,しかしのめり込みながら見続けてしまう.そんな湊かなえ氏の小説を,本屋で見かけ衝動的に読んでみたいと思い購入.やはり過去の湊かなえ氏の手順同様に人間の奥深くの感情というか,闇に目を向けそれらを具現化した登場人物の行為,犯行を順を追って表出していくものである.登場人物がやや多く私には少し名前と言動を一致させ切るのに時間がかかったが,徐々に登場人物の癖がわかってきて,のめり込むように最後まで読みきった.もともとテレビドラマの脚本ということもあってか,複数の一人称視点で話が展開されており,新鮮であった.率直にいうと面白かった.
以下,感想(ネタバレ注意).
高校入試,高校にどのような意味,価値があるのか,うがった見方をすると教育のあり方についての問題提起であると感じた.そのため”高校の存在意義”と”入試”についての感想を述べる.
はじめに高校の存在意義について.私は高校はいらないと思う.これについては後述する.私はずっと都内で生活をしてきた.そのため,高校も私立が多く私私立に通っていたため,本作のようないわゆる地方の名門校的な存在は,大学に入るまで知らなかった.大学入学後,地方の高校を出身とする友人と交流を持つようになり,いわゆるナンバースクールと言われるような高校が地方ではブランドを持つことを知った.少なくとも私が知る友人たちは母校をに誇りをもっているように確かに感じられた.しかし,それを理由に驕ったりなどといったことはなく,むしろ知性や親しみやすさを感じ好印象を抱いていた.本作ではナンバースクール出身であるがゆえ,その後フリーターや二流大学を出ても驕るもの,ナンバースクールを母校とするがゆえに他の教師に高飛車な態度をとるものを描いており,少なくともローカルでは出身高校がその後の人生にも尾を引き,結婚や就職にも影響を与えうるという印象を持った.これがどこまで真実かは,フィクションであるがゆえどうでもいいのだが,私はこれはローカルでかつ年配の方たちの間では起こりうる事実ではないのかと推測している.一方で,やはり過去の自分自身にとらわれず,自分の能力を高め新しく未来を切り開いていくことに意義を感じる.言ってしまえば出身高校などどうでもいいと思うし,全く気にしていないと言って過言でない.一方で本作で示唆されるように,過去を引きずる者も少なからずいる可能性は多分にある.そのことを心に留める必要はあり,それらの話題に敏感な者を前にした時は触れないようにすればいいのだ.理想論であるかもしれないが,そのような姿勢を取っていきたい.やや脱線したが高校がいらないとうのは,もはや高校などなくても自分の好きなことができる時代であると感じるからである.高校で起業する女子高生やネット動画で生計を立てる者がその最たる例である.もちろん高校が入らないからみな好きなことをすればいいということではなく,行きたくなけらば行かなくていい場所と捉えている.
次に,入試について.入試は作問も採点も人間が行うため,採点や出題に関するミスは後を絶たない.最近の阪大と京大の出題ミスが良い例である.ある程度はしょうがないと諦めることが必要なのではないか?不完全な人間が出題し,採点しているのだから,採点ミスは生じ得る.いってしまえば今の入試制度などそんなものなのだ.もちろん,そのようなミスがないようにますます改善されていているのは間違いない.しかし,どんな試験でもその不確定性はつきものだ.例えば役をつかむオーディションなどがいい例なのではないか?今でさえ売れている人気女優や俳優が過去何度も何度もそのようなオーディションに落ちていたという話はよく聞く.そんなものなのではないか?だからと言って諦めるのではなく,本心で自分でやりたいと思っていることならかなりの不確定性をもつことを承知の上チャレンジをし,時に失敗し,再チャレンジすることもあれば,見切りをつけてやめることもある.もちろん,すべてを不確定のせいにしていいということでは決してない.入試やオーディションなどに合格する可能性は評価対象により程度の差は多分にあれど高められるのだから.ただこれは実際に採点ミスで入試に落ちたという経験のない私の私見であり,当事者の気持ちの理解はやはり難しい.
湊かなえ氏の過去作品同様,作品はどうしてもフィクションであり,現実には起こりそうでやはり起こりえないと思う.だからこそ作品にすることで問題の本質について考えることができる.それが本作では"入試をぶっつぶす”であったのだ.感想をできるだけまとめたが,とりとめのない文章になってしまった.
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